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コラム「無意識の力」

今回はコラムです。


人が最大の力を出せる場面とはどんな時でしょうか?
よく火事場からタンスを運んで逃げたとかいう話を聞きます。
確かに命が危険に晒されたときにリミッターが外れてハイパフォーマンスをする事があります。

しかし、私たちはもっと日常的にそういった力を発揮できる可能性があるのです。
それが「無意識の力」です。
前述のオフリミット状態と区別するために「意識しない力」と言い換えます。

「意識しない力」とは何か?
簡単に言うと、そうしようと思ってやった訳でない時に発揮する力、です。


具体例を2つ挙げます。

これは何かで読んだのですが、あるお店のガラス壁の話です。
そのお店でガラスの間仕切りを新設するにあたって、強度があって透明度が高いガラスを注文しました。
業者はスペック的にも充分なものを選定し、実際にラクビーの選手に思いっきりぶつかってもらってビクともしない所をパフォーマンスとして見せたそうです。
お店もこれなら良いだろう、と思ってそれを設置しました。
ところが開店後しばらくして、60歳ぐらいのおばあさんに簡単にその間仕切りを割られてしまったのです。
おばあさん曰く、「ガラスが透明すぎてそこにあるのが分らなかったから、歩いて通り過ぎようとしたらぶつかってしまった」とのこと。
ラグビーの選手が激突しても割れなかったガラスを、おばあさんが気づかずに通り過ぎようとしただけで割ってしまったのです。

もうひとつの例は管理人の体験です。
管理人が高校生の頃、学校で友達とふざけていた時の事。
友達が私の腕を両手でがっちり持って身動き出来ない様にしました。
普段なら力任せに引っ張ったりしたでしょうが、何故か私はその時、何気なく手をクルクルと2,3回、回したのです。
その友達を投げ飛ばしてやろうとか、そんな意識は全く無く、ホントに何の意図もなくただ手を回しただけです。
そうしたらその友達は体ごとコマの様にグルングルンと回転してすっ転んでしまったのです。
周りで見ていた他の友達も、やった本人も何が起こったのか分からず唖然としていました。
当時私は武術とは何の縁もなく、力だってある方ではなかったです。
ただ、妙に軽く回った事だけは憶えています。


これらの例に共通するのは「やった本人たちには全く意図が無かった」という事です。
おばあさんはガラスを突き破ってやろう、などとは考えていなかったし、管理人も友達をどうこうしようという意志はありませんでした。
しかし実際に割れるはずのないガラスは割れましたし、中肉中背の高校生がコマの様に回転して投げ飛ばされました。
一体何がどうなったのでしょう?

柔術をやるようになって、年に1,2回、これ以上ない、というぐらい技が決まるのは「何気なくやった」時だと気がつきました。
私自身「なんでこの人は倒れたの?」と不思議に思ったりしました。
「~~してやろう」という意志が無い方がハイパフォーマンスにつながるのです。


なぜそうなるのか?
ハッキリ解明できた訳ではありませんが、一つの仮説として「アクセルのみ状態」という事が考えられます。
敵に掴みかかられた時の例で言いますと、「こいつを引きはがそう」「投げ飛ばしてやろう」と思うと、どうにかすべく全身の筋肉が発動します。
その時、どうにかする為の筋肉だけが動けばいいのですが、全身が活動しているのでそれを押さえるための筋肉も同時に働いてしまい「アクセル全開、ブレーキ全開」という状態になってしまうのです。
その為、せっかく出した力がマイナスされて結局大したパワーにならない、という訳です。

しかし、その敵をどうこうしよう、という意志がないと、全身緊張が無いので「アクセルのみ」の状態になりやすい。
対人に限れば、技を掛ける方に「掛けよう」という意志がないので、敵も予測不能で対処できない、という要因もプラスされます。


「意識しない力」を出すには、
普段生活しているときのつもりで、何気なくやる。
相手をどうこうしようと思わない。
の2点が必須だと考えられます。

「相手にしない」
というのは以前習っていた柔術の極意ですが、言い得て妙でしょう。


こうした力を自然に出せるようにすることが我々のライフワークです。


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