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型稽古

<今日の検証内容>

・型稽古


●型稽古

野球とかバレーボールを2,3年やれば大抵誰でも全くの素人よりはうまくなれます。
しかし武術となるとそうはいきません。
なぜでしょう?

一つにはスポーツがモノなどを介したルールの中で行われている事が挙げられます。
球技ならボールの行方が最大の関心事であり、人間はボールをいかに上手く扱えるかが問われます。
陸上や水泳ならば個人個人が独立した能力で競い合い、その結果で勝敗が決まります。

しかし、武術は人間そのものが相手です。
ボールは力学の範疇を超えた動きを出来ませんが、人間には意志があり、動きを細々と制御出来る能力を持っています。
しかも何を考えているか全く分りません。
こういうランダムな存在に瞬時に対応しなければならない事が武術の習得を難しくしている要因だと考えられます。


では、どうしたら早く武術を身につける事ができるようになるのか。
我々もその答えを探し続けています。
その中で一番有望だと思われるのが「型」です。
武術には必ず「型」があり、それを何度も練習することでしか習得できない、と考えております。

防具をつけて打ち合いをたくさんやるといい、という考え方もあります。。
「型なんかまどろっこしくてやってられるか」という人もいるでしょう。
確かにある程度までは強くなれると思いますが、必ず行き詰まる時が来るでしょう。

打ち合いをするとき、安全に配慮したとしても緊張感や高揚感、そして恐怖感は必ずつきまといます。
現状を何とかしようとするのに精一杯になるはずです。
その状態で最も効率の良い体の使い方を追求し、相手の生理的、力学的弱点を見いだしていく事は難しいと思います。
数をこなすことで何となく分ってくる人もいますが、おそらくあいまいな捉え方になるでしょう。
つまりは今持っている能力の限界までしか鍛えられない、ということです。

型には効率的な体の運用法や人間の生理的、力学的弱点を確認するノウハウが詰め込まれていて、人と戦って身を守る基本をしっかりと押さえることが出来ます。
何百年の間に何人もの才能ある先達が試行錯誤して見つけた「こうすればこうなる」という確実な基本です。
個人が一生かかって発見する事よりもはるかに内容が濃いのです。


ただ、型稽古にも問題があります。
それは「正しく理解して正確にトレースできるか」という点です。

型は一見何のつもりかわからない姿勢があったりしますが、そこには体の重要部分を鍛えたり、意識を育てたりする意味があります。
力学的に不利に思える形には実は「嵌め手」の意図があったり、追求していくと頭で考えるよりはるかに力強い形態であったりするのです。

それを踏まえていないと自己流に形を変えたくなります。
変えないまでも、間違ったまま延々と稽古をするハメになりかねません。
技能というのは逆説的で「出来ないと分らない」ものです。
それも頭ではなく、体で分かるものでしょう。

自転車に乗れなかった人が乗れるようになると言葉では何故乗れるようになったのか説明出来ませんが、体では理解していることになります。
型稽古も同じ事で、技がうまく掛かるようになったのは正しい稽古をしたからだ、としか言えず、そこに至る過程を説明しにくいのです。
こうした事が「正しい理解、正しい型」を困難にしています。

どうしたら正確な型を習得出来るか、ですが、これは「正しく出来る先生に習う」のが一番だと思います。
そういう先生について、ある程度分かってくるまでは忠実に教えを守るべきです。
そして練習においては型が伝えたいことは何なのか、どんな意味があるのか、を常に考え続けて丁寧に行うことが重要でしょう。
たくさん適当にやるよりも、「質」を追求するのです。
(たくさん丁寧に稽古するのが一番いいのですが、時間に余裕のある人しか出来ないでしょう)

という訳で、

八光捕り
顔当て
合気投げ
手鏡

の四つの型を慎重に稽古しました。
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