コラム「一人一流」

武術には多数流派があります。
剣術一つとっても古くは香取神道流、中条流、陰流、念流、時代が下って新陰流、一刀流、示現流、心形刀流、天然理心流、など多くの流儀が生まれました。

なぜこれだけたくさんの流派が生まれたのか。
利を争うとか、地域性とか理由は様々でしょうが、「人間の差」によるものが最も重要な原因だと考えられます。

人間は先天的な能力に差があります。
また、体質、育った環境、性格、さらには運命まで一人として同じではありません。
共通の教えを受けても人によって捉え方は様々です。

パソコンで例えると基本仕様が違うと同じソフトが使えないので、それぞれのハードに合うようにソフトを移植する必要があります。
パソコンよりはるかに複雑な人間が「武術の技」というソフトウエアを使おうとするなら体に合わせた修正や、逆にプログラムに合わせた体の方の変更など、膨大な摺り合わせが必須となります。

自然、元々のソフトウエアから改変された「自分流」にならざるを得ないのです。
極論すれば、一人一人身につく武術は全く異なる「一人一流」であると言えるでしょう。


さて、一人一流になることは避けられないとして、その中でやってはいけないことがあると思います。

一つには色々寄せ集めて自己流にすることです。
これをやると、先のパソコンのソフトの例で言うならば、プログラムの切れ端を集めてくっつけただけのソフトウエアとは言えないシロモノになるでしょう。
きちんとした仕様に基づき設計されたプログラムとは比べものにならない事は想像できると思います。

また「こうした方がいい」と自分で変えるのもまずいでしょう。
武術というソフトウエアには根底に一貫した思想があり、そこに技術が肉付けされています。
それを理解しないで表面的に改変すると変えた部分が異物となり、全体を乱すバグになってしまう恐れがあります。

1つの正しい教えを忠実に守り、体が自然に変化していくのに任せれば、それが「世界唯一・自分流」になるのだと考えられます。
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