「武術練習会について・2」

引き続いて武術練習会のご案内です。

●なぜ「互助会」?

武術を身につけるのに一番の方法は「良い先生について、しっかり練習する」です。
これは原則だと思います。

武術練習会も講師を呼ぶ事が出来ない訳ではありませんが、あえて「会員同士の互助」を続けています。
その一つの理由として「異常な型枠にハマりたくない」という事があります。

突然ですが、「スタンフォード大学の監獄実験」というのをご存じでしょうか?
これは公募された被験者を看守役と囚人役に分け、監獄を模した施設で過ごさせたらどうなるか調査した心理学の実験です。
被験者たちは新聞広告を見て集まってきた人や、学生など、ごく普通の一般人でした。

しかし、看守役に選ばれた人たちはその役割を演じていくうちに、誰に強制されたわけでもないのに次第に囚人役の人たちへの虐待を始めました。
囚人役達も次第に囚人という型にハマり、態度もそれに見合ったものに変化していったのです。
責任者のジンバルドー教授もこの勢いに飲まれて実験を中止出来なかったそうです。
看守役の行為はエスカレートし、ついには禁止されていた暴力も振るわれるまでになりました。

結局2週間行われる予定だった実験は、途中で関与した牧師が弁護士をつれて介入したため6日で中止。
その際、看守役たちは「話が違う」と抗議したとのこと。
「役割」がいかに人間に影響を及ぼすかをハッキリ示した実験でした。

この事件を題材に作られたのが「es(エス)」というドイツの映画で、日本でも2002年に公開されましたので、ご興味のある方はDVDなどでご覧になってみて下さい。

監獄実験に限らず、人間が「役割」という型にハマリやすい性質を持っているという例には事欠きません。
個人の性格とは無関係である事も特徴です。
これを「先生」と「生徒」という役割に置き換えても同じでしょう。

「先生」と「生徒」という役割にハマリすぎると、先生なら何やっても何言っても良い、生徒は盲目的にそれに従う、という事態に陥りますし、実際にそうなる事は珍しくありません。
特に武術においては一方的に技術を教えてもらうという事情もあり、この役割のワナに嵌りやすいです。
よっぽど客観的に自分をコントロールできる先生でないと、道場が面白くない喜劇の舞台になってしまいます。


武術練習会が会員同士の互助というスタイルを取っているのは上記の様な「役割のワナ」に嵌らない為、という事が一つです。
厳密にいうと、全員が「先生」の役割と「生徒」の役割を半々にして貸し借り無しにしようとしています。
管理人達がこれまで学んだ武術をお教えするのも、共通の認識を持ってもらわないと一緒に研究が出来ないからです。

もう一つ重要な理由は、それぞれが「受け身」にならない為、という事があります。
大体、人間は受動的に教わった事は本当には身につきません。
「自分から掴みに行く」姿勢がなければ、どんなにスゴイ事を教えてもらっても習得出来ないです。
先生がいないなら、自分達で追求するしかありません。
また、練習への参加を一切促さないのも、能動的な姿勢でなければ研究は出来ないからと考えているからです。


普段、稽古の内容しかブログに書かないので、会の目標みたいなのを示してみました。
実際にはこんな難しい事を常に意識している訳でなく、やりたい様に練習して、言いたい事言ってるだけですけど(笑。

なお、私たちは「案内」はしても「勧誘」はしません。
見に来て頂いて、ご本人が「やりたい」とおっしゃらない限り、お誘いもそれ以降のご案内も一切致しません。
稽古への参加も一切強制しません。
始めるのも辞めるのも自由です。
あくまでも「それぞれの為の集まり」です。
これをご理解頂きたく存じます。

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